感想・考察

2015年12月30日 (水)

[考察] 女の子しか存在しない世界――日常系論

 今期のアニメとして私はいわゆる日常系の作品として、「ご注文はうさぎですか??」と「ゆるゆり さん☆ハイ!」を視聴していました。いずれも面白くて楽しませてもらってたのですが、あるとき、あまりにも当たり前すぎて意識していなかったことに気づいてしまったのです。すなわち――

 あれ、男の子って、登場したことあったっけ?

 そう、これらの作品には、主人公と同年代の男の子が、まったくと言っていいほど登場してこないのです。

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2014年9月 6日 (土)

[考察] 俺TUEEE系作品とトラウマ克服型主人公──ソードアート・オンライン論(あるいは川原礫論)

 私がこの記事を書くきっかけとなったのは、アニメ版「ソードアート・オンラインII」を見て、改めて「シノンって、ソードアート・オンラインのヒロインにしては、結構ヘビーな過去を持っているなあ」という感想を抱いたことです。アスナやリーファ、シリカやリズベットと比べると、シノンの「過去に銃で人を殺した経験」という設定の重みはケタが違う。ファントム・バレット編で、なぜシノンはそこまで重い過去を背負わなければならなかったのか。

 もうひとつのきっかけとしては、原作である文庫版「ソードアート・オンライン14 アリシゼーション・ユナイティング」の感想を、ネットで読んでいるときでした。大半のユーザは面白かったという感想を書いていたのですが、たまに「キリトがぶれすぎ」「俺はもっと強いキリトが読みたいんだ」という文句とも注文とも言えるような感想にあたることがあります。確かにSAO14巻のキリトは、アリスの処遇やユージオとの関係、あるいはアンダーワールドの運命とか背負うべきものが多すぎて、自分の立ち位置に迷っているフシが伺えましたが、個人的にはいつものように十分面白いと思っていただけにそういう感想に出会ったことが意外でした。

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2013年9月 1日 (日)

[感想・考察] この第1話は失敗している──UQ_HOLDER!論

 赤松健先生待望の新作「UQ HOLDER!」が始まりました。

 一読しての感想ですが、さすがは赤松先生。ソツのないつくりをしてます。そしてけっこう面白い──面白いのですが、なぜか物足りない。そういう印象をうけました。
 もちろん、この作品が今までの赤松作品とは違ってバトルファンタジーをメインにした話だというのは理解できます。赤松先生といえばラブコメの大御所という印象が強いのですが、長く描いているうちに書きたいものが変わるというのは、作家としてはよくあることでしょう。
 私個人としては、赤松健先生にハードシリアスなバトルものは期待してはいません。「ネギま!」の後半であれだけ大騒動を起こしながら、結局は悪役を除いて「誰一人として死ななかった(全員が復活した)」戦いしか描けないほど、赤松先生には陽性な作風が似合っていると思うのです。しかし、それで赤松先生の新境地への挑戦を否定するのも筋違いでしょう。

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2013年5月 2日 (木)

[考察] セカイの終わりと日常の始まり──00年代を代表するアニメとしての涼宮ハルヒ論

 2011年に「魔法少女まどか☆マギカ」(2011)が放送されたとき、私はリアルでその放送を観ることができました。その先を読ませないダークなストーリーや意外性のある展開を観て、この作品をリアルタイムで観ることができた幸運を噛み締めたことをうれしく思ってます。またテレビ版を再編集して描き直した劇場版が上映されたときも、それを観にいったほど気に入った作品でもあります。

 ネットでも展開途中でさまざまな考察があげられたり、東日本大震災で放送中断という憂き目にあっても盛り上がりが下がらず、最終回が放送されてからも考察本が何冊も出版されたりと、その盛り上がりはかつての「新世紀エヴァンゲリオン」(1995-1996)のときの狂騒を思いださせるほどでした。実際に、一部評論家からも「ロボットアニメにおける『エヴァンゲリオン』に匹敵する」と言われるほどの評価を得られていたことを覚えています。

 本当に「まどか」が「エヴァ」に匹敵する評価を得られるかどうかは今後の展開次第だと思いますが、もしそうだとすれは1970年代を代表する「宇宙戦艦ヤマト」(1974-1975)、80年代を代表する「機動戦士ガンダム」(1979-1980)、90年代を代表する「新世紀エヴァンゲリオン」に続いて、このまま行けば10年代を代表するアニメ、少なくともその候補ぐらいにはなるだろう──と思ったところで、00年代を代表するアニメが存在しないことに気づきました。
 (ちなみに、60年代を代表するアニメとしては「鉄腕アトム」(1963-1968)が挙げられますが、これは週一で放送するテレビアニメのシステムを確立したという意味では別格中の別格に挙げられる作品でしょう)

 実際、00年代というのはヒット作そのものは多いけど、社会現象とまで呼ばれた作品には恵まれていません。00年代は社会現象アニメの空白期ではないかと思ったところでネットを検索してみたら、00年代を代表するアニメとして「涼宮ハルヒの憂鬱」(2006)を挙げているサイトや掲示板がいくつか見つかりました。もちろん異論も多いのですが、それを見たとき、私はなるほどと思いました。

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2012年4月 4日 (水)

[考察] 「まどか☆マギカ」と「リリカル☆なのは」──戦闘系魔法少女論

 私は現在、テレビ東京で再放送中の「魔法少女リリカル☆なのはStrikerS」を視聴しています。私が「なのは」シリーズを視聴するのはこれが始めてなのですが、これがまた結構面白い。面白いのですが……これは魔法少女の面白さじゃないよなあという違和感も同時に抱いてしまいました。そのぐらい、「StrikerS」は魔法少女としてみるには違和感がある。

 その違和感とは何か。

 それは主人公のなのはが19歳で、もう少女とは呼べない年齢に……ゲフンゲフン、いや関係ないことはおいといて。
 「なのは」の違和感を考えるために、私はもう一つの魔法少女ものを思い出してみました。昨年放送した「魔法少女まどか☆マギカ」は、魔法少女ものとは思えないほど予測の付かない展開とハードなストーリーで話題をさらいましたが、今魔法少女ものを考えるならば、「まどか☆マギカ」は避けて通れないでしょう。
 そこでふと疑問に思ったことがあります。「まどか☆マギカ」と「リリカル☆なのは」では、どちらが魔法少女としてより異質なのでしょうか。

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2011年5月30日 (月)

[考察] 追論:実はやっぱり魔法世界人?

 えーと、なんと申したらよいのか、依然私は、アルビオレが魔法世界人なのではないかという推測をおこないました。ところがコメント欄にて反論が書き込まれ、その上私自身がアルビレオが京都に行ったことがある(30巻270時間目)という証拠をみつけてしまい、その推測を撤回したことがあります。
 が、今週(326時間目)のネギま!を読んで、またもやおーいとつっこんでしまいました。何よ、このアルビレオの台詞は!?


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2010年7月13日 (火)

[考察] 「魔法世界ヴァーチャルリアリティ説」と「フェイトパーティにいるもう一人の神楽坂明日菜」の答え合わせ

 最近のネギま!は伏線の回収モード(まとめ)に入っており、話の根幹に関わる謎が明かされつつあります。その明かされた謎のいくつかを、私の過去の考察と突きつけて考えてみたいと思います。

 まずは「魔法世界ヴァーチャルリアリティ説」。自画自賛ながらこれは正解と考えて構わないと思います。

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2010年3月22日 (月)

[考察] 追論:アルビオレは魔法世界人なのか?

 この考察は、私の過去の考察
 [考察] ネギま!の矛盾した展開
 [考察] 魔法世界ヴァーチャルリアリティ説
 [考察] 魔法世界の先住民はどこから来たのか
 [考察] ラカンはなぜ明日菜との逃避行に同行しなかったのか
 [考察] ヴァーチャルリアリティ世界の崩壊とは
 [考察] ヴァーチャルリアリティ世界の住民を助ける方法
 の追論です。

 最近の展開で魔法世界の秘密が次々と明かされていますが、そのうちの一つに「魔法世界人はマスターキーを持った人間には適わない」という情報があります。

 今までにも散々伏線はありましたが、のどかの「いどのえにっき」によってこれで確定しました。しかし、そこで私はある1つの疑問が思い浮かびました。
 純粋な魔法世界人だったラカンがフェイトに適わなかったのは当然としても、もしかして
 アルビオレも魔法世界人なのか?
 ということです。

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2009年12月 6日 (日)

[考察] ヴァーチャルリアリティ世界の住民を助ける方法

 [考察] ネギま!の矛盾した展開
 [考察] 魔法世界ヴァーチャルリアリティ説
 [考察] 魔法世界の先住民はどこから来たのか
 [考察] ラカンはなぜ明日菜との逃避行に同行しなかったのか
 [考察] ヴァーチャルリアリティ世界の崩壊とは
も、今回で最終回です。

 今まで長々と考察してきましたが、ここで述べていることは全て「魔法世界は現実には存在しないヴァーチャルリアリティ空間である」という仮定に基づきます。この仮定なら「ネギま!」での矛盾のいくつかが解決できるという考察であって、もしそれ以外の展開が原作から提示されたときには、あっさりと翻されてしまうことでしょう。
 しかし、もしこの仮説が正しいとしたら、それこそ崩壊が確実な魔法世界から、彼らを救出する方法は存在しないということになります。それではラカンやテオドラを始めとする魔法世界の住民や亜人たちがあまりにも哀れすぎます。彼らを救う方法は、本当に存在しないのでしょうか。

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2009年12月 5日 (土)

[考察] ヴァーチャルリアリティ世界の崩壊とは

 [考察] ネギま!の矛盾した展開
 [考察] 魔法世界ヴァーチャルリアリティ説
 [考察] 魔法世界の先住民はどこから来たのか
 [考察] ラカンはなぜ明日菜との逃避行に同行しなかったのか
のつづきです。

 えーと、最新のネギま!(272時間目)で一つ修正。メガロメセンブリアの総人口はやはり6700万人で正しかったようです。

 すると、ゲーデルの言っていた「魔法使い市民5000万人」は文字通り「魔法が使える市民」の総数ということになりますね。
 メガロメセンブリアの総人口が6700万人
 (うち、魔法が使える市民が5000万人)

 魔法世界の人間種の総人口約5億人
 亜人種を含めた総人口約12億人
 亜人種を含めた総人口の数字は初出ですが、これでファイナルアンサー?

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