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2008年6月12日 (木)

[考察] ネギま!のテレビ化はなぜ失敗するのか

 赤松健原作のマンガ「魔法先生ネギま!」は、今まで3回テレビシリーズとなりました。
 私は3本のテレビシリーズをリアルタイムで見てきましたが、そこで常々疑問に思っていたことがあります。それは、

 なぜ「ネギま!」のアニメ化やドラマ化は、繰り返し失敗するのだろうか?

 ということです。

 以降「ネギま!」のテレビ化と言えば、以下の3本のことを指すものとします。すなわち

アニメ第1期 「魔法先生ネギま!」 (2005年1月-2005年6月 全26話:以下第1期
アニメ第2期 「ネギま!?」 (2006年10月-2007年03月 全26話:以下第2期
ドラマ版 「魔法先生ネギま!」 (2007年10月-2008年03月 全26話+未放送話1話:以下ドラマ版

 です。

 これらのアニメ化、ドラマ化はマルチメディア展開としては、いろいろな意味で「ネギま!」を盛り上げたという意味では成功の部類に入るでしょう。思いつくだけでも第1期の「ハッピー☆マテリアル」毎月リリース、第2期のネオ・パクティオー商法、また各種イベントなど、良くも悪くも話題を引っ張ったネタには事欠きません。始まる前は一部ファンからブーイングが出ていたドラマ化さえ、放送が終わってからの感想では好評価を得ているところが多い(実際、私はドラマ版を好意的に評価している)。

 しかし、原作マンガをアニメ化、ドラマ化した作品としては、成功していたと言えるでしょうか。
 序盤から作画崩壊していたアニメ第1期、キャラクターが別物になってしまったアニメ第2期、クライマックスでネギが空気になってしまったドラマ版と、原作のテイストがどこまで活かされているのかが分かりません。最初から「原作とは変えていく」と明言していた第2期は言うまでもなく、原作の設定を作品内に積極的に取り込んでいた第1期やドラマ版でさえ、終盤では原作とは全くかけはなれたオリジナル展開となっていきました。

 つまり、全く別の作品となったと言っても過言ではありません。したがって本稿のタイトルは、
 「ネギま!のテレビ化はなぜ失敗するのか
 ではなく、
 「ネギま!のテレビ化はなぜ別物になってしまうのか
 がより正しいと言えるでしょう。

 全く別の作品となった例の1つとして、メインヒロインであるはずの明日菜の扱いを見れば分かると思います。
 アニメやドラマの明日菜は、例えば

Negima_ron0101


 いきなり魚の着ぐるみを着ておかしなダンスを踊ったり、

Negima_ron0101


 周囲で起こっている事件に関係なくチュパカブラに夢中になったり、

Negima_ron0101


 主役不在の間にラスボス超と対峙して事件を解決したりしています。

 いずれも原作「ネギま!」の明日菜の描写からは大きく変えられております。

 最初、原作の特徴を損なうこれらアニメのオリジナル展開は、クラスメート31人全員がヒロインという「ネギま!」最大のウリが裏目に出てしまったからだと思っていました。実際、第1期序盤では、31人のヒロインの書き分けをするために、髪の色が見るも鮮やかな原色になってしまい不興を買ったものです。さらには31人のクラスメートを動かすのは大変なためか、明らかに作画崩壊を起こした回もありました。

Negima_ron0101


 この人は誰でしょうか……?


 しかし、ただ単にヒロインが31人いるから描くのが大変だ、だけでは、クラスメートを登場させるのに障害のないドラマ版がほとんど別物になった説明がつきません。実際ドラマ版の前半においては、クラスメート31人がネギ先生とにぎやかに行っているという原作序盤の特徴がよく出ていたと思います。
 それに髪が単色になったとか作画崩壊になったとかは単に作画に失敗したというだけであって、作品が別物になってしまったこととは全く関係がありません。これは第1期の作画的な失敗と、シリーズ構成が別物になってしまったことによる不評を混同してしまったことによる錯覚だと言えるでしょう。
 考えてみれば第2期にしても、毎回クラスメートはできるだけ全員出すという方針で作られており、シャフトの意地なのか作画クオリティは比較的安定していました。その意味では主要登場人物が多すぎるから別物にせざるを得なかったというのは、理由の一つではあるにしても表面的なものにすぎず、もっと本質的な理由が隠れているのではないかと思うのです。

 そしてなんとなくそれを疑問に思っていたところ、Masaxaさんところの網創漠蓄というBLOGで、以下のような記事を見つけてしまいました。

 

何故誰もネギを止めないのか・その1

 ……その2、その3は本論には関係ないので省略。ここで重要なのはただ1点。

何故誰もネギの父親探しを止めないのか?
クラスメイトの方は明らかに「止められそうにも無いから」である。

 これを読んで私の中で、今までわだかまっていたものがガチャガチャと組み立てられてきたのを感じたのです。
 すなわち、「ネギま!」のテレビ化が原作とは全く別物になってしまうのは、原作版「魔法先生ネギま!」が持つ構造的な問題が絡んでいるからではないか、ということなのです。

 長くなりましたので、以下翌日に。

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京アニ鍵3部作と被ったから

投稿: | 2012年10月30日 (火) 23時36分

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