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2008年6月16日 (月)

[考察] クラスメート編はネギの父親探しにとって「無用の用」

 [考察] ネギま!のテレビ化はなぜ失敗するのか
 [考察] 「魔法先生ネギま!」が持つ構造的な問題
 の続編です。

 前編までは「ネギま!」がその作品の性格上、クラスメートの描写を重視すれば本筋が疎かになり、本筋を描いていけばクラスメート編が遠くなっていくという構造的な問題を抱えていることを指摘しました。

 それでは、ネギの父親探しという「ネギま!」の本筋にとってドタバタコメディなクラスメート編は本当に必要ないのかというと、そこが赤松健先生の構成の妙であり、全く不要だとは言い切れない部分があるのです。

 例しに、クラスメート編が全くなかった場合の「ネギま!」展開を考えてみましょう。
 題して、

 

「魔法先生ネギま!~ショートカット~」

 ウェールズからやってきた10歳の魔法少年ネギ・スプリングフィールドは、一人前の魔法使いなる修行の課題として麻帆良学園で先生を務めることになった。
 赴任早々明日菜に魔法がバレるということもなく 特にクラスメートとトラブルを起こさずに教育実習の期間を勤め終えたネギは、改めて3-Aの担任を1年間勤めることになる。
 吸血鬼騒動を起こさなかったエヴァによって父サウザンドマスターの情報が京都にあることを知ったネギは、修学旅行で木乃香がさらわれるというトラブルに遭遇することもなく、父の盟友だった詠春によってナギの別荘に案内してもらい、手がかりを得る。
 続くヘルマンの襲撃を自分一人だけで撃退したネギは、麻帆良祭では 超が陰謀を巡らせていなかったため特に問題が起こるわけでもなく、賞金10万円のしょぼい大会でクウネルの変身した父親ナギと再会する。麻帆良祭終了後改めてクウネルから父親の手がかりを手に入れたネギは、夏休みに一人でウェールズにとび、魔法世界への門(ゲート)をくぐる。

 ……3~4巻ぐらいで第1部完になってしまいそうだ。orz

 「ネギま!」のクラスメート編の特徴の1つに、大規模なクラスメート編を経るごとにクラス内の人間関係が再構築される、というものがあります。
 たとえばエヴァは、サウザンドマスター、ナギの呪いによって学園に封じられているという設定があります。その呪いを解くためにはナギの血縁者の血液が大量に必要だが、しかし学園都市から出ることの出来ないエヴァにとっては自分からそれを調達しにいくことは不可能です。そういう状況でナギの息子ネギがやってきて、しかも学園側は何を考えたのか自分のクラスの担任につけた。エヴァにしてみればこの状況は、たとえ学園側の意図がどうあれネギを襲ってくれと言ってるようなものです。しかもネギは、自分がかつて愛した男の息子なのです。エヴァにしてみれば、ネギに対してどんな態度をとれば良いのか分からないものでしょう。そんなエヴァの隔意も、ネギとの戦いを経ることで一区切りつけることができたのです。
 また修学旅行編では、木乃香と刹那が抱える問題を解決することができました。刹那は自分が裏の世界の人間であり、さらには人間ではない正体を抱えているために、親の意向で裏の世界とは関係なく育てられてきた幼馴染の木乃香とも深く接触することができませんでした。しかし木乃香自身が魔法関係の事件に巻き込まれ否応なく魔法世界と関わらざるを得なくなったこと、および木乃香や明日菜が烏族とのハーフという自分の正体を知ってなお受け入れてくれたことによって、刹那が抱えていた問題はほとんど解決したのです。隠す秘密の無くなった刹那は木乃香と仲直りをして、なおかつ明日菜という新しい親友を得ることができました。

 これら事件で、ネギが果たした役割は決して少なくありません。
 もともとネギは、危険がつきまとう魔法の世界に、何の関係もないクラスメートたちを巻き込むことを良しとしていない意識がありました。クラスメートにしてもネギの父親探しは、本来自分たちとは何の関係もないことです。それなのに20巻でのネギの魔法世界行きにクラスメートが17人(最終的には19人)もついてきたのは、ひとえに18巻もかけて培ってきたクラスメートとの歴史の積み重ねによるものです。

 たとえば明日菜は、

Negima_ron0107

 当初はネギのことを認めず追い出そうとしていたが、

Negima_ron0108

 5巻の修学旅行の時点では明らかにネギのことを認めており、

Negima_ron0109

 7巻に至ってあなたのことを守らせてよと訴えています。

 他のクラスメートにしても、ネギの人となりを知れば知るほどにネギに信頼を寄せるとともにその一途さと危うさを感じ取り、ネギを一人にしておけなくなっていきます。

Negima_ron0110

Negima_ron0111

 ここで彼女たちがネギの後についていくのは、一つにはネギの父親探しを手伝いたいからという理由もありますが、もう一つ、自分たちがついていくことでネギが無茶なことをするのを抑えるためでもあります。ネギのことを深く知れば知るほど、ネギが父親を探すためならどこまでも無茶をする奴だというおことを身に沁みて感じてしまうため、ネギの身を案じてしまうからでもあるのです。

 こうしてクラスメートの好意と信頼を掴んだネギはネギま部(仮)だけで12人のクラスメートを引き連れて魔法世界に挑むことになりますが(あと勝手についてきたのが5人いますが)、ネギがこれだけの信頼をクラスメートから勝ち得たのも、そこに至るまでの積み重ねがあったからです。
 つまり、一見本筋には関係ないクラスメートたちのエピソードは、実はクラスメートたちがネギの父親探しに関わってくるためには、なくてはならない話の積み重ねであったといえるのです。

 一見役に立たないと思えるものが実は必要不可欠である。まさしく、無用の用といえるでしょう。

 この考察も随分本筋からはなれてきましたので、本筋は明日に。

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