« [日記] 本日午前様のため | トップページ | [日記] 今日は貫徹でした »

2008年6月21日 (土)

[考察] 明日菜対超は必然だったドラマ版「魔法先生ネギま!」

 [考察] ネギま!のテレビ化はなぜ失敗するのか
 [考察] 「魔法先生ネギま!」が持つ構造的な問題
 [考察] クラスメート編はネギの父親探しにとって「無用の用」
 [考察] ネギま!のテレビ化はなぜ別物になってしまうのか
 [考察] 原作の舞台を使って全く別の作品を作り上げたアニメ第1期「魔法先生ネギま!」
 [考察] シチュエーションコメディになってしまったアニメ第2期「ネギま!?」
 の続編です。

 

あらすじ

 麻帆良学園女子高等部3年A組の神楽坂明日菜は、杖を持った少年が猫を救うという見えるはずのない現象を目撃する。少年はネギ・スプリングフィールドという10歳の魔法使いであり、明日菜のクラスの担任になる新任の教師でもあった。
 当初はクラス内の人間関係にも疎く的外れな指導をするネギだったが、子供なりにまっすぐ教師としての仕事を勤めるネギ見て、明日菜も次第にネギのことを認めていくようになり、ついにはエヴァ事件でネギのパートナーとなる。
 エヴァの事件後しばらくして、クラスメートたちが気づかないうちに消失する事件が起こるようになる。始めから存在しなかったことになるため事件が発生していることにすら気づかないうちに、残りのクラスメートたちとともにネギが魔法の結界に閉じ込められてしまう。魔法使いであることがバレ事件の黒幕と勘違いされるネギは一人で事件を解決しにいくが、残されたクラスメートは本当の黒幕である超鈴音に消失させられてしまう。唯一残った明日菜は自分の持つ能力・完全魔法無効化(マジックキャンセル)を使ってクラスメートを開放し、超と対峙してこれを退け、事件を解決する。

 ドラマ版の作品構造はアニメ第1期と非常によく似ています。シリーズ自体が明日菜の回想シーンから始まっている上、

Negima_ron0127

 事件を解決したのも明日菜である以上、

Negima_ron0103

 まず神楽坂明日菜のことを第一に描きたかったことは間違いありません。
 これは麻帆良学園3年A組(2年A組)という原作と同じ舞台を使って、全く別の物語を再構成したアニメ第1期と同じどころか、ある意味それ以上です。アニメ第1期では物語はネギの視点で進められており、ネギはまだ主役として描かれていました。しかしドラマ版においては、シリーズのクライマックスを占める超鈴音事件を解決したのは明日菜であり、ネギは終盤で完全にフェードアウトしています。

 なぜドラマ版では、ここまで明日菜に話の焦点を当てたのでしょうか?

 ドラマ版で描かれている明日菜の物語は「捨てられた子供」です。幼い頃周囲の人間(おそらくは家族)に捨てられた経験を持つ明日菜は、それ以降人と積極的に関わることに臆病になってしまいました。親友の木乃香相手ですら、明日菜は自分からは遊び絶対に誘わないと第18話で木乃香が指摘します。
 ルームメイトで親友の木乃香にすらそのような隔意を抱えている明日菜は、高畑先生を追いかけているのも絶対に相手にされないと分かっていたからとも指摘されます。ずっと一人だったからその方が気が楽であり、追いかけるのが嫌だともいいます。つまりドラマ版の明日菜は、過去に捨てられた経験がトラウマになっており、再び大切なものがいなくなることを恐れているのです。

 そんな彼女が始めて自分から積極的に関わっていったのがネギ・スプリングフィールドです。自分からは積極的には関わらないと木乃香が言ってるにも関わらず、第1話の時点で既にネギとは結構じゃれあっており、かなり気を許していることが分かります。

Negima_ron0128

 そして第12話では、ネギを助けるために仮契約までして茶々丸を相手に戦います。

Negima_ron0129

 この頃の明日菜とネギとの関係を考えると、まず原作どおり第1話の時点で明日菜はネギが魔法使いであることを知り、つまりネギの弱みを握ったことになります。またネギも教師を務めるにあたって、年上である明日菜を結構頼りにしていました。エヴァンジェリンと茶々丸というネギ一人だけでは対処が厳しい問題児が現れたときには、明日菜はネギにパートナーとして認められ、茶々丸を引き受けることで力になることができました。

 つまりネギの秘密を握っており、ネギに頼りにされ、さらにはネギのことを一番理解していると自負している。明日菜にとってネギは、自分が一番近くにいることができる初めての相手であり、だからこそネギに一番気を許しているのです。

 ところが、超鈴音事件で3年A組が結界に閉じ込められた頃から状況が変わっていきます。

 まず、結界を解除する方法を探しているネギを手伝いたいと積極的にアプローチをしてくるのどかと明日菜が対立します。この口論で、明日菜はのどかをかなり非難します。のどかは恋に恋しているだけではないかと問い詰め、そんなんではネギに対して迷惑だとまで詰め寄ります。

Negima_ron0130

 初めてこの話を見たとき、この明日菜の態度には違和感があったものです。これは原作はもちろん、第1期第2期を含めても明日菜らしくありません。つまり、ドラマ版特有の解釈によるものです。

 次に、(超によって)ネギが魔法使いであることがクラス中にばれてしまいます。これで明日菜の知るネギの秘密は秘密でなくなりました。

 さらには、必要に迫られてとはいえ、ネギは

Negima_ron0131

のどかや

Negima_ron0132

木乃香と仮契約を結んでしまいます。

 その両方の現場を明日菜は目撃したわけですが、とくにのどかと仮契約するときは顕著で、明日菜は二人が仮契約するのを待たずに泣きながら逃げ出してしまいました。木乃香のときは緊急事態でもあったし、木乃香があらかじめ明日菜に許可をもらってから仮契約をしたわけですので逃げるまでにはいきませんでしたが、明日菜の態度はネギが木乃香と仮契約を結ぶことを明らかに嫌がっています。

 それでも明日菜はネギの役に立ちたいと訴えるのですが、ネギは世界樹の魔力を封じるために黙って出て行ってしまいました。つまり明日菜は、自分から積極的にじゃれあうほど心を許した存在にまたも置いていかれてしまったのです

 こうして検証してみると、ドラマ版の明日菜が最も恐れていたことはネギのそばという居場所を失うことだと分かります。ネギを奪われると感じたからこそ、明日菜はのどかに対して激しく非難し、また自分以外のクラスメートがネギと仮契約を結ぶのを嫌がっているのです。この明日菜の解釈は、ドラマ版独自のものです。原作の明日菜はもちろん、第1期や第2期の明日菜とも違う描写がなされているのです。
 そう考えると、のどかの恋敵が原作の夕映から明日菜に変わった理由もよく分かります。明日菜にとって、積極的にネギに好意を伝えてアプローチをしかけてくるのどかは、自分からネギを奪う存在なのです。明日菜が一番恐れていたのは、ネギが自分を必要としなくなることなのですから。

 では、ドラマ版のラスボスである超とは何だったのか。なぜ、超は自分のクラスメートを消したりしたのか。
 それは超鈴音が、大切なものを失った過去を持つもう一人の神楽坂明日菜だったからです。

 そもそも超が過去の世界にやってきたのは、未来の世界樹に愛の伝説を残したネギ・スプリングフィールドを歴史から抹消するためです。超は未来世界では誰からも愛されることがなく、未来の世界樹には愛の欠片もなかったといいます。超もまた「捨てられた子供」だったのです。
 しかし、実は私はこれは逆ではないかと思います。確かに超は過去の世界へ世界中の伝説を抹消するためにやってきた。しかし、そのやってきた過去世界で、超は不覚にも、未来では得られなかった大切なものを得てしまったのではないでしょうか?

 もし、二度と得られないと思っていた大切なものを不覚にも得てしまった場合、それを失いたくないと思ったらどうすればよいでしょうか?
 一つは明日菜のように、深く関わることはせず最初からなかったものとして扱うこと。
 そしてもう一つは超のように、大切なものを奪われる前に自分から壊してしまうことです。

Negima_ron0133

 私は超がまき絵と張り合ってネギの奪い合いを行っていたことを、単純に周囲をだますための演技だとは考えたくはありません。たとえ本当に演技だったとしても、超自体はこの意地の張り合いを楽しんでいたのだろうと思います。そしてその時間が楽しければ楽しいほど、それが不測の事態として失われることを恐れてしまったのです。だから超は、自分からこの楽しい(けれど自分にとっては偽りである)世界をぶち壊すような真似をしたのです。

 だから、超の相手は明日菜である必要がありました。明日菜は自分が持つ完全魔法無効化能力でクラスメートを救い、ネギを助けたわけですが、これは明日菜がクラス内での居場所を、自らの手で取り戻したことでもあります。超の呪縛を解くために囚われたクラスメート全員とキスをしますが、ネギとの仮契約もキスが儀式の一環として組み込まれていると考えると、明日菜はネギに対して寄せた信頼を、自分から進んでクラスメート全員に寄せたという証でもあるのです。
 明日菜対超の対決の本当の意味は、自分の本当の居場所を確立できた明日菜が、自分と同じく捨てられた子供だった超に、本当の居場所を体を張って与えることだったのです。

 それではドラマ版のネギはなんだったのでしょうか。ドラマ版のネギは、麻帆良学園に教師として赴任してきた10歳の魔法使いと言う設定以上のものは背負っていません。アニメ第1期でさえ一応は描かれていた「ネギの父親探し」の要素は、ドラマ版では全く描かれていない。クラスメートたちにはあくまで一人の教師として立ち向かい、魔法使いよりも教師としての立場を優先しています。クラス全員が魔法結界に囚われたときですら、ネギの立ち位置は教師としてであって魔法使いではありませんでした。ネギは魔法をあくまで事件を解決するための手段として使っています。

 ここまで割り切って描けば、いっそ見事だと言いたくもなります。アニメ第1期の失敗の一因は、中途半端に原作要素を取り入れていたことにもあったのですから。
 また第2期の欠点としてクラスメートとネギが信頼関係を完全に構築できなかったこともあげましたが、ドラマ版ではそもそもネギは父親探しをしてないので、ネギの危ういところを描写してクラスメートとの絆を深める必要もありません。ネギとクラスメートとの関係は、あくまで教師と生徒としての領分を超える必要はないのです。
 逆に言えば、教師としての立ち位置を踏み越えられないドラマ版のネギに、重い背景を背負っている超を相手にするには荷が重い。超の相手には、やはり同じ過去を背負っている明日菜が必要だったというわけです。

 つまりドラマ版のネギは、例えていうならただの表紙だったということですね。
 (一人で世界樹に立ち向かっていくネギに対し、エヴァが「これはお前の試練だ」というシーンがありますが、そのエヴァ自体が超の罠にあっさりはまってしまっている。つまりエヴァは超の実力を読み違えているわけで、結果から見るとこれは明らかにミスリーディングです)

 以上、ドラマ版「魔法先生ネギま!」をまとめると、
 「10歳の子供先生が年上の女の子たちに振り回されるドタバタコメディ」とみせかけて実は
 「捨てられた子供たちが自分の本当の居場所を手に入れるまで」までのお話
 だということになります。

 やはり原作とは全然別物になってしまっているのですが、そもそもドラマ化はアニメ化以上にマンガ原作とは別物になってしまうものだし、またアニメとは違ってヒロイン31人を全員に登場させることが簡単にできるので、割り切ってしまえば原作初期の雰囲気を再現した楽しいドラマだったということができるでしょう。

 でも、やっぱり3作とも原作とは別物になってしまっているのは否めないんですよね……
 ということで、このシリーズの最終的な結論を明日……といいたいところですが、アニメ感想が2本あるので2~3日後にアップします。

|

« [日記] 本日午前様のため | トップページ | [日記] 今日は貫徹でした »

感想・考察」カテゴリの記事

魔法先生ネギま!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/160180/41585760

この記事へのトラックバック一覧です: [考察] 明日菜対超は必然だったドラマ版「魔法先生ネギま!」:

« [日記] 本日午前様のため | トップページ | [日記] 今日は貫徹でした »