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2008年6月22日 (日)

[考察] 失敗作だからこそ成功したネギま!のマルチメディア展開

 [考察] ネギま!のテレビ化はなぜ失敗するのか
 [考察] 「魔法先生ネギま!」が持つ構造的な問題
 [考察] クラスメート編はネギの父親探しにとって「無用の用」
 [考察] ネギま!のテレビ化はなぜ別物になってしまうのか
 [考察] 原作の舞台を使って全く別の作品を作り上げたアニメ第1期「魔法先生ネギま!」
 [考察] シチュエーションコメディになってしまったアニメ第2期「ネギま!?」
 [考察] 明日菜対超は必然だったドラマ版「魔法先生ネギま!」
 の結論です。

 今までの考察では、ネギま!の本当の意味でのアニメ化やドラマ化が難しいことや、今まで放映された3本のテレビシリーズが、それぞれ原作とは全く別物になってしまったことを説明しました。これは、原作つきマンガのアニメ化、ドラマ化としてはやはり失敗だといえるでしょう。
 ──ところで、ここで最後の疑問が生じます。つまり、

 

テレビシリーズがそんなに失敗作なら、「ネギま!」のマルチメディア展開も失敗するはずではないのか!?

 ということです。

 「ネギま!」のマルチメディア展開はテレビ化に限らず、CDやDVDのリリース、ネギま!を題材としたゲーム、ラジオ番組の放送、アニメ独自のネオ・パクティオーカードを含む関連商品の発売やら声優・俳優イベントの開催やらいろいろな展開がなされています。そしてそれらの関連商品には原作から派生したものだけでなく、アニメやドラマ関連のグッズも多数発売されています。
 そしてそれらを含めたマルチメディア展開は、どう厳しく見ても失敗だったとはいえないのです。普通、マルチメディア展開の中核をなす作品といえば、やはりテレビアニメシリーズでしょう。その中核を成すテレビシリーズが失敗したなら、マルチメディア展開もまた失敗してもおかしくはない。それなのに、ネギま!はマルチメディア展開全体から俯瞰してみると、かなり盛り上がっており、むしろ成功していると言っていいぐらいです。

 それはなぜか?

 ひとつだけ確実に言えることがあります。「ネギま!」のテレビシリーズがアニメ第1期だけなら、そのマルチメディア展開がこれほど長く続くことは決してありえませんでした。第1期の不評を乗り越えて第2期やドラマ版が放映されたからこそ、ネギま!のマルチメディアはこれほど息が長く続いてきたのです。
 そしてファンからも明らかに失敗作だとされている第1期の不評を乗り越えて第2期が制作されたのは、それだけ原作にパワーがあったからだ、と説明することは簡単です。「ネギま!」は掲載紙がメジャー誌ということも有利に働きましたし、実際にマイナーだが隠れた人気を持つマンガ原作のアニメ化がたいして成功せず、そのままフェードアウトしたことも決して珍しくはありません。

 ですが、たとえアニメ化に成功した作品であっても、その後も原作が長期連載を続けているにも関わらずアニメ化がその1期だけで終わってしまった作品もまた珍しくもありません。それは原作にパワーが無かったからとか、掲載誌がマイナーで1回アニメ化するのが精一杯だったからとかで説明するのは簡単ですが、それだけが理由となりえるでしょうか。

 ここで一つ仮定を設けます。歴史にifはありませんが、もしアニメ第1期が成功作だとしたら、「ネギま!」のキャラクター展開はここまで息が長く続いていたのでしょうか?
 ここで言う成功作とは、原作ファンがみて納得するようなレベルの作品とします。たとえば、アニメ第1話を見て誰もが突っ込んだ原色の髪とかがなくキャラデザインがしっかりしており、あるいは作画崩壊することもなくクラスメート31人がしっかり書き分けられており、さらに原作の作風から離れたアニメオリジナルもなく原作のテーマを踏まえた上で話を完結させていたとしたら?
 もちろん、第1期第1話が放映された時点では原作は麻帆良祭が始まったばかりの状況(原作第10巻相当)ですので、アニメオリジナルの決着をつけざるを得ません。既にヘルマン編は経過していたので、ネギの抱えるテーマが父親探しであることはよく読めば明らかです。アニメ第1期においてもその主題(テーマ)を明日菜の友情とかというオリジナルなものにせず、ネギの父親探しに対してアニメオリジナルな決着をつけることは可能だったと思います。
 もしアニメ第1期が完成度が高く、ファンから高評価を得られる作品になっていたらどうなったか!?

 少なくとも1つ言えることがあります。第1期の完成度が高かったら、第2期がああいうオリジナル設定の塊のような新作となることは無かったはずだと。

 もし第1期が成功していれば、アニメ第2期は絶対に第1期の続編になったはずです。よくアニメやマンガで続編は前作ほど成功はしないということが言われますが、それは前作で話が一旦完結してしまっているからなのです。前作で主題(テーマ)を完結させてしまったら続編ではあらたに別の主題(テーマ)を設けなければなりませんが、前作と主題(テーマ)が異なるということは、どれだけ表向きの作風を似せようとしても、作品全体に流れる雰囲気が変わってしまうことに繋がります。結果として、前作が成功作であればあるほど、「続編は前作ほど面白くない」という評価に繋がってしまうのです。「魔術師オーフェンはぐれ旅」とか「藍より青し」とか……

 それに第1期が作品として完結してしまえばしまうほど、第2期を作成する意味がなくなります。アニメオリジナルの最終回で話をきちんと完結させてしまったため、評判が高く原作もまだ長く続いてファンからも期待されていたのに、アニメ第2期が放映されなかったマンガもけっこうあります。「TRIGUN」とか「鋼の錬金術師」とか……

 さらに言うなら、第2期が第1期の続編となってしまえば、当然そのマルチメディア展開──たとえば商品化グッズなどは第1期と共通になってしまいます。少なくとも、ネオ・パクティオーカードなるものは登場しなかったでしょう。結果として「ネギま!」のマルチメディア展開は現在ほど多様なものが出てこなかったはずです。

 アニメ第2期が第1期の続編とはならず、製作会社もXEBECからシャフトに変更され、さらには第1期が無かったことになってネギの赴任とクラスメートの出会いからストーリーをやり直すことができたのは、第1期が失敗作だと評価されたからです。第2期「ネギま!?」が原作から離れたアニメオリジナルストーリーになり、しかもキャラクターの性格が改変され、さらにはネオ・パクティオーカードという原作とは全く概念の異なるアイテムがでてきて、それがファンにある程度受け入れられたのは、第1期を経ることで原作どおりのアニメ化が難しいことを、原作ファンも承知せざるを得なかったからです。つまり、第1期の失敗があればこそ、あそこまで原作とは作風が異なる第2期を放送し、それをファンが受け入れられるというアクロバティックな商品展開ができたのです。ただちょっとやりすぎて、明日菜の性格改変はファンに不評を買ってしまいましたが、それすらもその後のマルチメディア展開を考えると一概にマイナスだったとは言い切れません。

 そしてドラマ版がファンに受け入れられたのは、アニメ第1期が原作とは別物となってしまったことと、第2期が原作とも第1期ともまったく異なる作風になってしまったこととは無関係ではありません。もともとオタクの多いマンガファンには二次元のマンガキャラを生身の俳優が演じることに抵抗を感じるものは少なくなく、テレビドラマを原作とは全く別物として無視するファンもけっこうおります。しかし「ネギま!」においては、先行するアニメ2作がそれぞれ原作とはテーマや作風が全く異なる別物なのです。別物ということは一種の二次創作と言えます。であるならば、最初から別物としてドラマが作られても構わないのではないか。
 アニメ第1期が原作とは別物であり、アニメ第2作は原作とも第1期とも違う作品である。であるならば、「ネギま!」を舞台とした公式な二次創作の1つとしてドラマ版を作成してもそれをファンが受け入れる素地は既につくられていたといえるのです。

 そう考えると、シリーズ初期で作画崩壊を起こしたアニメ第1期の功績は、実は意外と大きかったといえます。シリーズ後半でアニメオリジナル展開を展開しアニメ版が原作とは全く別物になった……というのは、それは即失敗だということには繋がりません。しかし作画崩壊は、誰が見ても分かりやすい失敗例です。第1期が明らかな失敗作だと判断されたからこそ第2期もドラマ版もそれぞれ原作や第1期に囚われることなしにオリジナル展開をを進めることが出来たのです。

 もちろん失敗作が成功するという逆説が起こるのは、やはりそれだけ原作にパワーがあったからです。原作にパワーが無ければ、アニメ化に失敗したら大それを跳ね返すことができなくなります。さらに「ネギま!」の場合、アニメ化の前に発売されたキャラクターソングCDで、原作者の赤松健自体が驚くほどイメージどおりの声優を揃えることができたという幸運に恵まれたことも大きいでしょう。原作にパワーがあり、声優だって全員がはまり役。だったら制作さえきちんとすれば、アニメ化だってきっと成功することができるはずだという期待感は、ファンなら誰もが抱いているものでしょう。

 そして今度、第3期として原作完全準拠のODA版「白き翼」が展開されます。まずは原作のエピソードのODA化から始めますが、この新シリーズはアニメ第1期の続編でもなければ第2期とも関係ない完全原作準拠とされています。この展開が認められたのも、過去の作品、第1期や第2期、ドラマ版が全て原作とは別物であり、それぞれ作品としてある程度完結しているからでもあります。だったら、今度は原作準拠で作成されたアニメも見てみたいとファンが願うのも、製作側がそれを商機と捕らえて作品展開を行うのもおかしなことではありません。

 原作ファンのための原作完全準拠なODA版(第3期)が作られることになったも、元をただせば、やはりアニメやドラマが失敗作であり、別物になってしまったからなのです。
 ただし、原作完全準拠なODA版(第3期)が下手に成功しを収めてしまうと、今度こそ「ネギま!」のマルチメディア展開がそこで止まってしまう可能性があります。理由はもう述べません。ここまで読んできた皆さんなら理解できるはずです。

 禍福はあざなえる縄の如し。

 「ネギま!」は非常に幸運なシリーズだったのです。

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コメント

すばらしい考察です。でも、OADの成功は多分マルチメディア展開の止まりにならないと思います。

上に言った通り、前作が完結してしまえばしまうほど、続編は意味なくなります。テレビアニメの場合では、一作品として完成することで評価されます。でも今回のOADは原作準拠で、長期連載漫画に似ています、アニメ化されるエピソードも限られますので、あまり一作品としての完成すること要求されませんから、意味なくすことはないと思います。

しかし、再テレビアニメ化たと話は別だけどね…

投稿: Alf | 2008年6月22日 (日) 23時41分

Alfさん始めまして。
確かにOADそれ自体は原作の1エピソードのアニメ化ですので、そこそこの成功ならマルチメディア展開を終わらせることにはならないと私も思います。
ですが、第2期も最初は春版、夏版と2本のOVAから始まって、そこからテレビ化されましたからねえ。
よく考えたら、第1期もパイロット版から…ゲフンゲフン。
第3期もODAから初めて、再テレビ化、さらには映画化までされるというような下手な大成功を収めてしまうと、今度こそそこで終わってしまいそうな気がします。
というわけで、私はそこそこの成功を期待しています。

投稿: JUN | 2008年6月24日 (火) 00時31分

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