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2007年4月 9日 (月)

[デジタル放送] デジタル放送の憂鬱

 この前の金曜日(3月28日)、大家さんがアパートのアンテナをデジタル放送対応にしてくれました。これでうちのアパートもデジタル放送を受信できるようになりました。不動産屋さんを通じて大家さんにいつデジタル対応にしてくれるのかを働きかけた甲斐があったというものです。
 ところが、デジタルに調整した結果アナログ放送にノイズが入るようになった観がしてしまいました。実際、アナログ放送をキャプチャーした動画ファイルを圧縮したところ、いままでほど圧縮できなくなっていました。これはデジタルに調整した結果でしょうがないことなんでしょうかね?
 それでというわけでもありませんが、デジタルチューナー付きのレコーダーを購入しました。機種は東芝の「RD-S600」。購入するだけで10万円はしました。しかしD端子やHDMI端子付きのディスプレイは購入していなかったので、とりあえずということで今までのディスプレイのS端子に接続してみました。
 ……が、地上デジタルをS端子で通してみると、4:3のノーマル放送がなぜか額縁状態になってしまいます。これは東芝の「RD-S600」特有の制限なのか、それとも地上デジタル放送だとどうしてもそうなってしまうのか? どうしてもフル画面状態にならない。BSやCSには契約していないので地上デジタル特有の問題なのかはわかりませんが、これは少々困ったものです。

 というわけで、
 デジタル時代のビデオキャプチャー
 コピーワンスはデジタル放送の夢を見るか
 コピーワンスはなくならない
 の続きです。

 デジタル放送になってユーザ側が最も不満のあることと言えば、ムーブ時に失敗するとムーブ元からも録画ソースが消去されてしまうということでしょう。単純に考えれば失敗することも考えて、ムーブに成功したことを確かめてから録画ソースを消せば問題がないように思えるのですが、なぜかそうはなっていない。そこでムーブの仕組みを確かめてみると

  1. まずメモリに録画ソースを読み込んで、
  2. 次に録画ソース側の該当部分を消去し、
  3. それからムーブ先に出力する。
  4. 以上を、ソース分だけ繰り返す。

 ということになっているらしい。なるほど、これでは万一のときにはどうしようもありません。私も仕事でプログラミングをやっているが、人間がプログラムを組んでいる以上どれほど予防策を講じてもバグや障害が出るのは当たり前であり、障害がでたときにどのようにリカバリーをするのかという仕組みをあらかじめ用意する方が大事だと言わています。つまり、障害(この場合はムーブ失敗)がでたときに、それを補償する仕組みがまったく用意されていないのです。プログラマーの良心から言わせて貰うと、こんな仕組みは欠陥品だと言われても仕方がない。

 ではどうしてこんな問題のあるムーブしか用意されていないのかというと、どうもそういう仕組みにしないとARIBが認めてくれないかららしい。つまり、ムーブ先とムーブ元に一瞬でも同じソースが2つ以上存在する状態は認めたくないということが本音のようです。

 なるほど、まずコピーして、それからコピー元を削除するという仕組みにした場合、コピーが終了した瞬間を狙って電源を切るなどの「想定していない」動作が行われた場合、ムーブ先とムーブ元の両方にソースが残るという状況が出来るかもしれない。だから、上記のような失敗補償のないムーブの仕組みを強要したのでしょう。つまり、ARIBはユーザの利便性よりも、コピーワンス死守の方を優先したと言うことです。

 もっとも最近のコピーワンス見直し論議では、「回数制限ありで1世代のみコピー可」の方向に固まっているようです。(【NE本誌から】地デジのコピー制御方式見直し,「回数限定で1世代のみコピー可」へ) もともと家電業界側は録画機の改修が必要ないEPNを提案していましたが、放送局側はそれでも世代や回数の制限が出来ないEPNは認められないと強弁し、回数制限ありの方向に落ち着いたらしい。しかも委員の一人は、

 「検討委員会として『既に録画機を購入済みの視聴者に買い替えを促す結果になっても仕方がない』と言ってあげないと,機器メーカーは踏み出せないだろう」

 とまで発言しています。つまり放送局側にとっては、ユーザにレコーダーの買い替えを促すことを強要してでも、コピー回数と世代の管理は死守しなければならないと考えていることになる。

 もともとコピーワンスなどという融通の効かない規格を制定して、それを家電業界に押し付けたのは放送業界側です。それでコピーワンスのおかげでデジタル放送が普及しないから見直しを検討しているのにも関わらず、その結果生じた規格変更の負担をなぜユーザ側が被らなければいけないのか?

 これは、あまりにも無体な暴言です。

 では、なぜ放送局側や著作権者はそんな暴言を吐いてでも、コピーワンスやコピーの回数制限にこだわるのか?
 それは、ユーザ側における娯楽志向のパラダイムシフトが理由ではないかと考えています。

 テレビが家庭のに入ってから、長らく娯楽の王座といえばテレビでした。チャンネルをつけただけで番組が放映され、それを見ることで楽しむことが出来る。その利便性がテレビをして本当は娯楽品でしかないのに、必需品とまでいわれたものです。その無料で番組を放送できるという仕組みを支えていたのが、無料放送の番組にCMを挿入して広告料金を稼ぐというビジネスモデルでした。
 だからビデオデッキの登場にも当初放送局側は猛反発をしました。アメリカのハリウッドではビデオデッキを著作権侵害だと訴え、8年がかりの大訴訟に発展しました。これが有名なベータマックス訴訟です(Sony History「第20章 濡れ衣だったダンピング容疑」)。ところがビデオデッキが合法と確定してから、レンタルビデオ産業が発達し、映画などのコンテンツをパッケージにして販売するというビジネスモデルが確立しました。今ではテレビをまずプロモーションビデオの代わりにして、パッケージ販売で制作費を回収するというビジネスモデルが立派に成立してします。つまりビデオデッキが普及すると番組が録画されてCMがスキップされ、あるいは映画が衰退してコンテンツ収入が減ると言うハリウッドの心配は杞憂だったわけです。

 そして現在、放送業界は再び他業界からの挑戦を受けています。パソコンの発達とインターネットの普及です。

 パソコンの発達によって、放送された番組の(高品質な)複製の作成はかつてないほど容易になりました。そしてインターネットの普及によって、それを安価かつ無制限に地域を問わず配布することが可能になりました。これは、放送免許によって放送地域を制限し、CMを挿入して広告料金を稼ぎ、テレビをプロモーションとしてパッケージ販売を行うと言う放送業界のビジネスモデルにとってはかつてないほどの危機です。だからコピーワンスやコピーの回数制限にこだわり、コンテンツが無数にコピーされていく状況を放送業界はいやがる。西正氏を始めとするコピーワンス推進論者が著作権にこだわるのも、結局は上記のビジネスモデルが成立しなくなるからというのが本当の理由なのです。
 だがしかし、ネットの普及にともないテレビだけが家庭内における唯一の娯楽の王座という保証はなくなってしまいました。テレビがなくてもインターネットに接続できれば困らないというユーザも登場しています。つまり娯楽に対するパラダイムシフトがおきつつあるのです。

 そしてパラダイムシフトがおきつつあるとき、衰退する側が現状を維持するために何かしらの手を打つと、大抵それは失敗してしまうのです。

 テレビが発売され家庭に普及しつつあるとき、映画業界側は「五社協定」にテレビ対策を加えて、テレビへの劇映画提供を打ち切り、五社専属俳優達のテレビドラマ出演も制限しました。これはテレビの普及によって娯楽の王座が映画からテレビに移行し、興行収入が減ることを恐れたからです。邦画を見るなら映画館しかないという状況を維持して、客足が減るのを少しでも防ぐためです。しかしテレビ業界側はそれに対抗して自前で俳優を発掘し、あるいは洋画やアメリカのテレビ番組を輸入して放送することで視聴者を稼ぎ、家庭にテレビを普及させ、見事に娯楽の王座を勝ち取りました。結果から見ると「五社協定」によるテレビ対策はその目的を果たせず却って映画産業の斜陽化を招きましたが、今では映画はテレビ番組の特別編を映画化したり、あるいは人気のある映画のドラマ化を施したりすることでテレビと映画は立派に共存しています。

 映画以外にも最近の例でいえばプロ野球がそうです。日本にはプロスポーツと言えば他にもボクシングやプロレス、相撲がありますが、その中でも長年王座を守ってきたのがプロ野球でした。ところがサッカーブームが起きてJリーグが発足し「ライバルはプロ野球」と宣言したとき、日本プロ野球協会は何をしたのか? ほとんど何もしませんでした。それどころか球界の盟主である巨人はその頃から他球団の有力選手を金の力でかき集めはじめます。Jリーグに押されてプロ野球全体の人気が停滞する中で、巨人軍の人気(と実力)だけは維持しようとしてのことでしょう。では巨人だけが無責任だったかといえばさにあらず、セ・リーグの各球団はパ・リーグが求めてきた交流戦の容貌を、長年の間突っぱねてきました。ドル箱である巨人戦の主催回数が減ることを恐れたからです。ではセ・リーグが悪玉でパ・リーグが善玉かというとそれも違います。近鉄が球団を維持できなくなりオリックスに吸収合併されるとき、球団側は12球団が11球団になることを通そうとしたのは記憶に新しいでしょう。球団の数を減らすことで、1球団あたりの収益を増やそうという魂胆なのはみえみえでした。だから選手会がストライキを起こすまで騒動が発展し、ファンも選手側を支持したのです。

 このようにとある産業にパラダイムシフトが起こりつつあって、しかしそれが目に見えるほど早くはないときには、衰退する側の業界は現状を維持するために何らかの手を打ちます。しかしそれは、長い目で見ると世の中の流れに逆らうものであるがために、却ってその業界の衰退を招いてしまうことがあるのです。パソコンの発達とインターネットの普及によって足元が揺らぎはじめており、しかしそれによるビジネスモデルの崩壊が目に見えるほど早くないので、テレビコンテンツのコピーを制限してネットへのコンテンツの流通を阻止できれば現行のビジネスモデルの維持は可能であると放送業界側は見込んでいるのです。

 だがしかし、それに対してネット側が何の対抗策も打たないとは限りません。もし、ネットがテレビに代わり、コンテンツを製作する能力を身に着けたらどうするのか? ネットが安価で面白いコンテンツを供給できるようになれば、テレビの屋台骨はそれだけ揺らぐことになります。
 これは決して夢物語ではありません。現にYouCubeという動画共有サイトではユーザから毎日無数の録画ビデオがアップされていますし、個人製作のフラッシュアニメがインターネットで配布されています。個人が金をかけずに作ったコンテンツを、金をかけずに安価に配布することでは、ネットに勝るものはないことが実証されつつあるのです。しかしそれに対してテレビ側は、何の手も打ち出してきません。

 映画産業が持ち直したのは、五社協定以外の会社が参入してきたからです。プロ野球が面白くなってきたのは、楽天が参入し四国アイランドリーグという地方リーグが設立され、(プロ野球ではないが)萩本欽一が社会人球団茨城ゴールデンゴールズを設立してきたからです。このように例え業界が衰退を始めたとしても、他業種からよそ者が入ってくればそれまでのしがらみに捕らわれずに様々な手を打ち出し、それが業界に新しいビジネスモデルをもたらして発展することが有り得るのです。

 ですが放送局に関しては電波帯域が有限であることから完全に免許制であり、また全国ネットを設立するにはお金が掛かりすぎることもあって、他業界からの参入は期待出来そうにありません。ライブドアがフジテレビを買収し楽天がTBSの株式を大量に保有したこともありましたが、結局は反発を招いて頓挫います。

 つまり放送業界に限っては、他業種からよそ者が入ってくることは期待できないのです。当然今までのしがらみに捕らわれた旧主派しかおらず、その旧主派にはインターネット時代における放送業界のあり方に展望がもてないため、現行のビジネスモデルを維持しようとやっきになっているのです。現状を改革しようとせずとも、目に見える未来の範囲ではビジネスモデルの崩壊は起こらないだろうという予測もあるでしょう。
 しかし、こういう状況を一言で言い表す言葉があります。このままではどうしようもないことは分かっているが、どうすれば良いか分からない。しかも、目に見える範囲の未来では何とかなりそうだからとりあえずは現状を維持する。つまりは「ジリ貧」です。

 やがてテレビはネットに王座を明け渡し、放送業界は衰退を招いていくことでしょう。それが何年後の未来になるかは分かりません。しかしいずれは現行のビジネスモデルが成立しなくなるときがやってくるはずです。それこそが放送業界の抱える憂鬱なのです。

 でも本当に、ネットがテレビを越えて家庭の娯楽の王座に就く日が来るのでしょうか?

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